境界性(ボーダーライン)人格障害 ー 予期せざる成功例




著者:Claudia Arbeithuber(クラウディア・アルバイトフーバー)
精神神経科専門看護師、オーバーオーストリアのシュテイル州立病院の精神科勤務の傍らアロマ介護コンサルタントとして活躍

多種多様な病像の多さや患者と接した際の不愉快な体験、患者の香りに対する「常識外れの」反応、こうしたことが原因で精神科患者へアロマを使ってみようという試みがなされることは希だった。
この事例報告によれば精神科看護の日常にアロマを使って十分な成功を収める事ができる。この報告は上オーストリアの州立病院精神科に勤務する著者自身の経験に基づく。


アロマ医療と標準医療の実施上の線引きは、他の身体疾患部門では明瞭だが我々精神科ではそうではない。ごく単純な標準看護基準を策定するためだけにも、たっぷりした患者への思いやりと柔軟性が必要とされる。精油使用分量についても新しい基準が必要だ。

精神科看護の中でのアロマ看護

蜂蜜ミルクの入浴や数量は少ないが精油の使用は既に精神科の看護メニューに取り入れられている。しかしこれらは大抵デイサービスの自立した、そして救急性の無い患者向けだ(軽度〜中程度の鬱病、軽度の適応障害など)。精油選択もたまたま在庫していたものとか、患者や看護スタッフの個人的お気に入りのものだったりだ。分量や乳化剤の選択も「適当に」なされる事が多い。
他の診療科では次第次第に精油使用の際の標準書が作られつつある中で、精神科でもこれと歩調を合わせようという動きが有った。しかしものの初めから予期せぬ反応や興奮状態が続出する騒ぎとなった。精神科には固有の標準書が必要な様に思われる。とりわけ精油の選択は慎重であるべきだ。処方分量についても他科の標準を検討無しにそのまま使ってはいけない。

使用状況観察

精神科患者の精油に対する反応の一端を読者に知って貰うために、ここに精油を数例記すことにする。
ラベンダー:使用適用分野の多い精油だが、これに対する患者の反応も又千差万別だ。グループテラピー中の室内芳香用に使ったところひどい緊張状態が現出し、グループ作業を中断せざるを得なくなった。愛着障害や精神病状態の場合、意図とは逆の反応を引き起こしてしまうので(リラックスならぬ緊張状態)ラベンダーは控えるべきだ。しかし痴呆高齢患者には睡眠導入用に或いは興奮状態を鎮める為に使用しても良い。とは言え最低処方分量でなければならない。原液や高濃度での使用は意図したところと逆の結果を招き易く、泣きながらの攻撃や機械的自動運動を引き起こすことが有る。

ローズマリー
風邪対策の1%ブレンドの中に使ったところ精神科患者に感情高揚を引き起こし、眠れなくなってしまった。

シダーウッド
この精油は精神科では利用価値が高い。とりわけ精神病患者の場合にそうである。とは言え使用に当たっては精神科とアロマ看護双方の経験が多少は必要だ。筆者は100mlの植物油に1滴の割合で薄めたものを室内芳香用に愛用している。これほど薄めてあっても精神科患者には強く匂うもののようだ。患者の感覚認識力は数倍にも増強されている!

事例:境界性(ボーダーライン)人格障害

さて我々看護チームは鬱病、依存症、分裂病の場合、精油の取り扱いと処方分量について既にかなりの経験を積んでいた。しかし境界性を含む人格障害についてはまるで参考になるものが無かった。他の病院の事例報告にも載ってはいなかった。そんな状態だったところに標準療法では打つ手のなくなった一人の若い女性患者が出現し、ついに我々チームは第一歩を踏み出さざるを得なくなった.....。

履歴と病歴
25歳になるCの子供時代はひどいものだった。学校は卒業していないし職業訓練も受けていない。子供の頃から性的虐待を受けたり打たれたりしていた。母親は8歳の時、彼女を見捨てており、Cはご信心に凝り固まった感情の平板な祖母の許に取り残された。この祖母はCに、自分の一人娘(即ちCの母親)の不幸は孫娘Cの責任であり、お前は安楽な生活など手に入れられないだろう、と繰り返し語り聞かせていた。Cには友達も話し相手も、お手本となる人物もいなかった。人生の目標も希望もなかった。彼女に安心を与えるものは何も無かった。自分の肉体さえ信用できない。彼女は女性らしい魅力的な容姿に恵まれていたが、子供時代のトラウマが再び繰り返される事になった。

何度も母親は帰宅してはその度に、母性愛の極端な発露だろうか、彼女を抱きしめて自分の家に連れていくのだが、そこはヘロイン中毒仲間との自堕落な生活だった。おまけに母親らしい感情は持続するものではなかったのでCは再び祖母の家に舞い戻る。新たな失望と空虚感を抱いて。
早い時期からCは自分の体を傷つける様になった。女性らしさを取り除く為であった。全身を切り刻みアルコールを大量に飲み暴食した。彼女はいつも追放されていた。それゆえ彼女の怒り、悲しみ、憎しみは増すばかりだった。憎悪を解消し自分自身を確認するためだろうか、彼女は定期的に自傷行為を行った。ひっかいたり、切ったり、刻んだりぶったりと。とりわけ耐え難かったのは夜を、何の支えも無しにたった一人で過ごすことだった。失禁と不眠症が彼女の症状に加わった。
17歳から彼女は入院を繰り返した。19歳になると身体が肥満し体重110キロを越えてしまった。入院期間は長期化し、退院してもすぐ又病院へ舞い戻る。投薬が試みられては変更され、各種テラピーが試されては変更され、しかし何も役に立っている様には見えなかった。投薬により彼女は楽になったが自分自身への憎悪が解消されたわけではなかった。
長期入院が常態化して、Cは2ヶ月に一度入院し一回の在院期間も2〜3ヶ月に及ぶ様になった。

最初の試みーそして失敗
だが我々もこの患者とは長いつきあいだし人間的な絆さえ感じていたので簡単に諦める気にはならなかった。我々は彼女にリラックス入浴を提案しアロマ看護を魅力的なものにし、一緒に試してみようという気を彼女に起こさせようとした。だが彼女は「されるがままになっていよう」という決断をしたらしく、我々と協力してという反応は望み薄だった。担当医と彼女を交えての打ち合わせで、我々はアロマ看護を通じて彼女の味方になろうとしている事、そして彼女に自分自身の肉体に対するより良い感情を与えようとしている事の二点を説明した。さて当初はミルクと蜂蜜、後にラベンダーを3滴混ぜる様にした簡単なリラックスバスを試してみた。ラベンダーが肌を整えCにくつろぎ感を与える筈だった。
ボーダーライン人格障害患者を扱った人なら結果がどうなたか予想がつくだろう。Cはまるで無感動に我々の隣で衣服を脱ぎ切り傷だらけの肉体を曝し、かくして入浴のリラックス効果を完全に塞いでしまった。その上「自殺してやる」と繰り返すので我々はいわば彼女と共犯関係に陥り、良心の痛みなしに彼女を一人にはしておけなくなってしまった。一言で要約すれば「火に油を注ぐ」結果となってしまった。
次の試みは肌の手入れ用に軟膏を彼女自身が傷跡に塗り込むという簡単なものだったが、Cはこれを大げさに受け取りすぎた。彼女はこの療法を二度と受け入れず、医師団も新薬の使用でいくらか患者の状態が安定した事もあり、退院と決めてしまった。

再度の入院
Cは何度となく入院を繰り返していたが、アロマ療法は医師からも我々からもそして彼女からも話題になることはなかった。何事もなかったかのように日常が過ぎていった。1年ほど経った頃から、Cは午後のリラックス入浴で気持ちの良くなった他の患者に注目する様になった。患者たちに話しかけ、入浴後の気分を尋ねさえしたのだ!

数ヶ月が無駄に過ぎ去ってある日、入院中だったCが突然何の前触れもなく私に尋ねた、何故自分はもうお風呂に入れてもらえないのかと。私はびっくりして言葉が出なかった。だが取りあえず彼女とこの件についてゆっくり話し合う日取りは決めておいた。その日彼女とは2時間近く話し合った。Cは興味津々で精油やその効能、成功例や使用可能性について質問してきた。真剣に興味を抱いたのが分かった。

数多くの試行 ーそして処方分量についての決定的な発見
最初の失敗を繰り返したくなかったので患者のCとアロマ療法チーム全員に治療方針を明示し、しかもアロマ治療の目標を限定してみた。精油やその使い方毎に前もって患者によく説明し、そして一律の治療方針が策定された。

◎ 第一に彼女が今まで自傷行為で得ていた『キック感』の代わりになるものを我々は提供しようとした。アイスキューブにメリッサを垂らし彼女の肌に載せたのだ。氷の立体だから刺激とキックを彼女に与えるし、メリッサ精油は何ものかを希求し攻撃的になっている彼女の急性発作を鎮め落ち着かせてくれる。その結果彼女は、いわば均衡と自信を取り戻せるわけだ。代わりに薄めたシナモン精油を彼女の舌先につけてやる事もあった。この強烈な刺激で彼女に希求の方向を変えさせようとしたのだ。ヨーロッパ赤松やティートゥリーを嗅いでもらう事もあった。担当医師は高濃度の柑橘精油を局所的かつ点描的に使用し、皮膚刺激反応を呼び起こした。但しこうした治療法が実施されたのは急性の発症時に限られ、長期間常時行われたわけではない。

◎ 他方我々は患者が自己の身体をいつくしみ、リラックス感や快適感を得るためのお手伝いも目指した。彼女は自己の肉体を愛撫し甘やかす事を学ばねばならない。我々はメリッサとラベンダーを入れたリラックス入浴を用意したり、傷口治療用にオリーブ油、ラベンダー、白檀から成る気分快適軟膏を彼女と一緒に調製したりした。ミルラ、イランイラン、パチュリ、パルマローザで夕方用のボディーケアオイルを一緒に作ったりもした。

こうした調剤処方は全て我々の指導の元彼女自身でなされた。当初我々は彼女の処方分量を制限しようとし、副作用が起こるかもしれない事や、我々の学習した処方基準を教えようとしたりした。しかし程なくして「快適感向上処方量(1%限度)」は意図した結果を生まない事が判明した。Cは次第に失望しアロマ治療を打ち切る方向へ傾いていった。
結局彼女は自分の好きなように処方する権限を手に入れた。彼女自作の最初のブレンドなど5mlの植物油に20滴も精油を混ぜた高濃度のものだった。もっともこのブレンドは急性発作時のみ使用されるのだが。こうした時期の間、皮膚不快感の如き肉体上の副作用も、激しく制御不能な感情の爆発といった心理的なものも一切起きなかった事を言い添えたい。数日後彼女は2.5%希釈のブレンドにたどり着き退院までこの濃度を保持した。

とりわけ以下のブレンドは彼女に有効であった。筆者の担当した他の多くのボーダーライン患者にも役立ってくれている。大地のパワーを充電するボディーケアオイル

(以下処方)

成功には長い時間がかかる、しかし.........
時間とともに自傷行為は減っていった。そして退院の日我々はCにブレンドオイルや精油それに購入先住所一覧などの入った小さな応急用の包みを手渡してあげた。彼女は精油を使い続けたが、あれほど酷い心の傷癒すことは、薬でもテラピーでも精油でもそう短期間にはできない。彼女の入院回数はそれでも次第に少なくなった。今では年に一二度、ストレスに曝されて(例外的であるが)昔同様に自傷行為に及んだ場合にのみ入院している。
2002年以降はそれでも、他の病院も含めて、長期入院はしていない。そして現在は愛想の良い家庭の主婦であり優しい母でもある。彼女を支えたアロマ療法は充分な成功をおさめた。

要約

正しい精油の選択と有効な処方量の決定がどれほど難しく又コストがかかったとしても、精神科でのアロマ療法はここに記した様に成功した場合成果は非常に大きい。大切なのは、患者を充分に尊重し慎重に精油と取り組む事だけであり、そうすれば必要とされる正確な処方量に次第に近づいて行ける。分裂病患者の場合はとりわけ精油の選択に慎重さが要請される。初めは単一精油を極端に薄い希釈率で使うべきだ。筆者は最初の香りテストには50〜100ミリ植物油に精油1滴の割にしておりそこから時間をかけて濃度を上げて行く。分裂病の急性発現時には筆者は一切精油を使わない。

精神科勤務の看護師に申し上げたいのは、「患者と良く話し合い、気持ちの動揺や変わった事が有るか確かめなさい。そしてコンタクトを維持し、患者に寄り添えるだけの時間的余裕の有る時のみ、精油を使ってみなさい。」この事です。

「私の心は伸びやかになり喜びと安心感で一杯。心に知恵が有るみたいです。」
別れ際に受けたこの言葉が、彼女から筆者への贈り物になった。