ローズヒップオイルは野バラの実の種から採ります

野バラ.....眠りの森の美女を目覚めさせた薬草



雑誌名:フォーラム
通巻:20-2001
ページ:19
著者:Ms. クリスチナ・キース=グロース
題名:野バラ.....眠りの森の美女を目覚めさせた薬草
著者紹介:1940年生れ。チュービンゲン大学で薬学を習得後シュタイナーの精神科学と出会い、フィトテラピストに転身。シュヴェービィッシュ・グミュント在住
翻訳:フィルマ・フカヤ(http://www.fukaya-shouten.biz)

(以下はキース=グロース女史による表題の記事の部分訳です)

はじめに
世界中の恋物語にバラは登場する。そしてバラと人との関わりも歴史の初めから今に至るまで新鮮であり続けている。バラの文化史を扱った本を読まずとも、花屋さんの店先をのぞいてみればだれでもこんな印象を持つだろう。バラを歌った詩歌はギリシャのアナクレオンからペルシャ詩人ハーフィスの時代を経て今日まで、ペルシャ語支那語ギリシャ語ラテン語の作品に溢れているし、現代ヨーロッパ語でバラを詠んだ詩も多い。
だがこうした優しい詩歌はほとんどが「高貴な」バラ Rosaceaを巡ってのものであり、ゲーテが『野バラ』で象徴的に描いた例外を除いては、原種である野バラは秘密を秘めたまま手付かずに残っている様だ。

16世紀迄ローザ、ローズ Rosa, Roz こう呼ばれていたのはもっぱらバラの中でも「高貴な」種族だけであり、そうしたバラの香油は古代ローマでは黄金より高値で取引きされていた。一方野バラを表していたのは古代エジプトのコプト語出自で「繁茂する」を意味するouert或いはその派生語vert, ward, werdなどであり、いずれも野バラの茂った有り様を描写している。

今日のチリやアルゼンチンでバーデン=ヴュルテンベルク州(ドイツ南西部の州名。州都シュトゥットガルトにはフォルクスワーゲンの本社が在る)と同じくらいの広大な面積に拡がる野バラの群生を見た人間は、野バラがかつて繁殖の代名詞として使われたのを知ってもっともだと思うだろう。南米のバラ生産国では、大学の様に学問的な機関を除いては、細かい事を言わずに実を付ける野バラは何でもRosa mosquetaと呼んで済ましているが、この名前はヨーロッパでは特定の種名の様に受取られてしまいがちで、その結果いろいろ混乱が生じている。

野バラの分類は、植物学専門家にとっても大仕事なのだ。しかし「果実によって分類せよ」なる格言に従えばしろうとにも、リンゴの様なとか、洋梨状のとか、取っ手付き古代壺状のとか、表面が平滑なとか、とげとげの付いたとか、がく片付き或いは無しのとかいろいろ分ける事はできる。野バラを指す様々なドイツ方言にhegdorn, haegdorn, hagdorn, wepeldorn, nypeldornなどがあるがいずれもHaegenやButte (霰状のかたまり)とDorn(とげ)を示す部分から成っていて、とげが野バラの特徴として示されている。

野バラには昔からその他にも薬としての効き目が知られていた。「大晦日の晩に野バラの実を3つ食べれば一年中無病息災に過ごせる」と昔の薬草の本には書いてある。こうした記述は現代人には単なるおまじない程度にしか響かないが、しかし一方では「治癒するとは何か?」という問掛けに答えるもう一つ別の道筋を示している様にも思える。

野バラと人との長いかかわり
野バラのもつ治療効果を人類はかなり早い時期に発見し、様々な文明でそれは神話やメルヘンの形で伝えられて来た。『ラウリン王のバラ園』『眠りの森の美女』『白雪姫』『赤バラ姫』といったメルヘンを思い出してみよう。例えば白雪姫の場合、眠りリンゴや苦バラを口に含んでほとんど窒息状態のまま、しかし死なずに健康に、ただ眠り続けている。

ゲルマン語の名称Butzは野バラの実と同時に土地の精霊を指しているが、このせいでキリスト教が北ヨーロッパに浸透すると野バラは異教徒のしるしということになり、ケルト人宗教の祭壇を囲っていたバラの生け垣がすべて焼き払われてしまった。その後数世紀を経てやっと聖母マリア信仰の広がりの中で野バラが復活する。聖母マリアに属するとされた植物にはハーブや花や果実などいろいろあるが、いずれも何らかの治療効果を持つものでなければならなかった。カール大帝は自国産や異国伝来の薬用植物を調査し、その栽培を命じた。大帝は野バラの薬効を評価し栽培を奨励しているが、ボーデン湖畔のウールディンゲンにある石器時代遺跡の住居跡の容器からは野バラの実が発見されており、人類は相当早い時期から野バラの実の薬用効果に気付いていた事が分る。もっとも野バラは気候のせいで食用果実に恵まれない北ヨーロッパでもたっぷり実を付けてくれ、しかも10月になっても生のまま味わえるしムースに加工すれば保存もできるので、野バラが石器時代人に食用品として或いは薬用品として扱われたのかは不明である。

(----著者は1998年にドイツの大手精油企業プリマヴェラ社の依頼を受け、ローズヒップオイル生産調査の為南米チリを訪れます。ヨーロッパからの植民者が原住民や野獣から身を守る防御の生け垣に使うため野バラを南米に持込みました。気候に合ったせいでしょう、チリとアルゼンチンでは大繁殖しています。-----)

ローザ・ルビギノーザ(Rosa rubiginosa)- 鉄さび色のワインローズ
ドイツではほとんど自生していないが、チリにはとりわけ広範囲に繁茂している野バラの一種があり、ローザ・ルビギノーザ(Rosa rubiginosa)と呼ばれている。このバラには下向きの刺があり、そのおかげで巻き付きながら上に向って伸び拡がった茂みが容易に形づくれる。一方自由に広がれる場合は、このバラには同種のバラとお行儀よく一定の間隔を空けて生育するという特徴がある。そのせいで海抜600〜1000メートルのアンデス高地山麓に在る、ユンベルとロス・アンジェルスの間にはドイツのシュヴァーベン・アルプス風の景観が拡がっている。ローザ・ルビギノーザはとりわけ溶岩土壌を好むらしく、ビオビオ峡谷からレネガード峡谷に至る標高2200メートルの高地迄繁茂している。
このバラのドイツ語名であるワインローズは潅木の緑が発する葡萄酒に似た芳香から来ているが、ラテン語名のrubigo或いはrobigoとは鉄錆を意味するから、錆のバラというわけだ。しかし錆とは何だろう。

ヨーロッパに自生する我々のドックローズ Rosa caninaの緑の羽状葉はつるりとしている。ワインローズの羽状葉は生え出した時から精油を貯えた分泌腺毛と分泌腺頭を既に備えている。更に丸みを帯びた子葉の縁や羽毛状の若葉の裏側には、陽光を浴びると黄金色から鉄錆色の色調に色付く精油腺が見える。この葉に軽く触るだけで指には樹木の匂いを帯びた油がつき、数時間に渡って本来の肌の匂いを覆ってしまう程だ。この葉から出るグリーンノートが花弁の香りより強いので、ワインローズの花からの精油採取は長らくなされていなかった。

ペルシャ人にグル・シャムール gul-shamur として知られ利用されていたのがバラの粘液だ。チリのバラ摘み作業員はこれを「バラのベトベト」と呼んでいる。葉の精油腺からの分泌物は作業員の手指をべたべたにし、手にくっついたバラの花弁はなかなか離れない。それゆえこのバラから出る独特な粘液は人気がないが、それでもワインローズを構成する諸部分の一部だし、その他の成分とともにこのバラから採れる精油の香りを特徴付けている。

(---ローズヒップの肉質部分はビタミンC以外にA1、A2、K、Pが豊富で、乾燥された果肉は飲料やムースになります。種は1997年頃までは捨てられていました。---)

ローズヒップオイル
野バラの実の種から採れる種油が皮膚の栄養補給に優れた効果があることが分ると事情は一転した。当初はしかしnヘクサンにより一旦抽出し、その後で蒸留する二段階の方法しか知られておらず、この方法ではどうしても残留物が出てしまった。液体二酸化炭素による抽出法も人の肌に有害な物質が出てしまうので不満足なものであった。一方常温圧搾法も充分ではなかった。というのは仁(ジン)を取出そうとして固い種の殻をこじ開けるには非常に強い圧力をかけねばならず、それにより敏感な成分が破壊されてしまうのだった。

それだけに1998年コンセプシオン大学のルイス・ヘンリックスとチームメンバーが違う意味での「核分裂 - 野バラの実の種を割る」に成功したのは大事件だった。現在では固い実の殻に手で切れ込みを付ける事ができる。有効成分がぎっしり詰まった仁はまずふるいの様な振動器により固い種の殻と分離される。その後仁だけが柔らかく常温圧搾にかけられ純粋なキャリアオイルが得られるのだ。

チリの医療機関ではローズヒップの純粋オイルは範囲の広い火傷の治療にも使われ、その有効性が実証されている。ローズヒップオイルの使用により目立つような瘢痕を残さずに火傷が治癒されていて、これは顔面の火傷にも有効である。日常の肌の手入れにつかわれるローズヒップは、長時間に渡り肌の柔らかさとみずみずしさを保持しながらも、肌の毛穴をべとついた油分で塞ぐことはない。チリの化粧品会社コスメティック・チレではそれでローズヒップオイルを他の成分と結合させたローションを発売している。

ローズヒップオイルの化粧品使用はヨーロッパでも大流行である。モロッコ産のダマスクローズ精油やトルコ産のセンティフォリアローズ精油といった、定評あるバラの香りと組合わせた興味深いクレアシオンが発表されている。もし将来ローザ・ルビギノーザ特有のグリーンノートを帯びた花の香りがこれに加わるなら、チリの野バラの香りの本質に深く参与できる日が来るかもしれない。

(日本で販売されているローズヒップオイルは通常はチリ産のローザ・ルビギノーザ種で、フィルマ・フカヤ輸入のアロマラント・ドイツのものもそうです。稀にヨーロッパ自生のドックローズから採油した油も販売されています。香りはかなり異なります。)