悲嘆克服(グリーフケア)を助けるアロマテラピー




著者:マヌエラ・クルーク(Maruela Krug)
30年以上に渡り医師助手、看護婦(内科、癌病棟、事故外科、集中治療室)などの医療業務に従事。1993年以来介護職講座の講師として様々な施設で活躍。アロマテラピーと古典派ホメオパシーの個人診療所も開設している。

本稿では二人のクライアントの死別悲嘆に対しブレンド精油で対処した事例が語られる。二人とも数年前に係累を失い、以来この喪失悲嘆に苦しめられてきた。目標は二人に対し精油が苦しい時期を乗り越える助けとなる様にし、手早く簡単な救助法を提供する事に在る。。


男性K氏の人物像

K氏は77歳の男性で、1985年に奥さんを失った。目下うつ気分に陥っている。彼は引退するまで個人事業主であり二人の息子がいる。うち一人は家族と共にK氏との二世帯住宅に住んでいる。K氏は一階に、妻と男児二人の息子家族は四人で二階に。二人目の息子は家族でK氏を定期的に訪問している。K氏にとって孫は重要な生きる意味だ。孫の成長を引き続き見守りたいと願っている。

面接の度毎にK氏は妻とのつらい別れを口にし、一人でいるのがどれほど酷いことかと繰り返す。K氏は不活発で居間にほぼ一日中座りっぱなし、長時間TVを視聴し、新聞を読んでは昼間から寝てしまう。以前は日に二度散歩に出かけていた。又庭仕事も喜んでしていたという。去年の冬からK氏は肉体面でも衰えが目立つ様になった。今では時たまにしか散歩に行かないし、眠気や疲労に悩むようになった。孫への関心も薄れて来た。

皮膚の状態:白髪、肌に傷は無し。乾燥肌で軽い日焼け(K氏には夏の間肌を焼く習慣がある)。アレルギーなどは認められない。
既往症:不整脈があり、心臓ペースメーカーを装着している。両膝関節の硬化症から人工関節を付けている。白内障及び緑内障。40年前に原因不明の末端肥大症にかかったが治療せずに自然に平常に戻った。2002年に胆石、胆のう除去手術。当面の問題は彼のうつ状態。
持病:母親がうつ病で自殺している。緑内障は家族に多く、彼の兄弟も罹っている。
栄養:体重増加を心配してK氏の食事は日に二度。給食配送車から受け取る外に自分で買い物に出かけている。季節の果物を欠かさない。
体格と性格:K氏は大柄で骨格たくましい体つき。物静かでバランスの取れた人柄である。
交友関係:妻の死後引きこもりがち。週に一度近所の男声合唱団で練習、友人達と隔週ボーリングをする。

B夫人の人物像

38歳の彼女は5年前に妊娠中絶した子供の事が忘れられない。既婚で夫との間に子供が二人いる。水子の祥月命日の数週間前から気分に変調を来す。
妊娠10週目に、お腹の子供がダウン症である事がB夫妻に告げられた。ショックを受けた夫婦は、身体障害児を持つ事の意味について話し合いを重ねた。様々な年齢のダウン症の子供を持つ家庭を訪問した結果、夫婦は妊娠中絶を決意するに至った。B夫人には実家からの援助が無く、家事を一人でこなさねばならない事も理由の一つであった。産婆二名と女医一名により中絶手術が実施され、手術前後のB夫人への配慮は最善だったと言って良い。子供は母胎の中で死亡した。夫妻は喪の期間中も産婆による支援が受けられた。しかし既に5年が経過したのに依然として堕胎児への罪の意識に悩んでいる。祥月命日が近づくとB夫人は変調を来す。
妊娠履歴:2000年に女児誕生。2003年流産。2004年死産(上記の中絶の事)。2005年健康な男児誕生。
皮膚の状態:髪は金髪、肌に傷等は無し。肌にオイルを擦り込んだりアロマ浴をする事に抵抗有り。アレルギー等は無し。
栄養:食欲過多、異常肥満、甘い物に目がない。
体格と性格:大柄でたくましい体つき。外向的で活発な性格。

両人に対する治療

二人とも愛する者を失った喪失感に苦しんでおり、このため離別の苦しみを和らげる特製のブレンド精油が与えられた。K氏にはそれに加えてオイルランプでベルガモットが供された。患者両名をうつ状態から抜け出させ、自分自身のために何かする気を起こさせる、これが目的だった。

離別の苦しみを和らげる精油ブレンドには以下の精油が入っている。

ベンゾイン・シャム(翻訳者註:タイ産ベンゾイン)Styrax tonkinensis 原料植物は宿り木ストラックス(Styracaceae)の近縁種で、精油はベースノート、バニラを思わせる香りがし、肌や心理に強く関係する。傷の治療や肌の健康、それに心理的安らぎや暖かさを使う者に与える。「この精油は肌と魂をビロードの衣で包んでくれる」とシュターデルマンが2001年に著書で書いている。患者は二名とも気遣ってほしいという欲求が有るがそれを口に出せないのだ。そういうときにはこの製油がぴったりだ。
グレープフルーツ:Citrus paradisiはRutaceaeに属し香りは明るくフレッシュ、人を上機嫌にさせる(本書44ページの香り瞑想を参照)。気分を明るくし高揚させ陽気にさせる働きはとりわけB氏には向いている。
アイリス:Iris pallida又はIris germanica。香りは繊細な花の香りから柔らかな根のそれまでの幅を持つ。アイリスは精神を強壮にしそれを護るオイルだ。両人とも喪失感と折り合いをつける為に精神面の強化を必要としている。
メリッサ:Melissa officinalis 香りは清々しく明るく軽快なレモン風で気分を引き締める。これは心に平衡感を与え強化する香りであり、苦しいときには明晰さと気持ちのゆとりをも与えてくれる。メリッサを使った動物実験では眼圧の高まりが認められた。それ故K氏の場合、緑内障にかかっているのだから、メリッサ使用には注意が必要だった。しかし彼は自己管理を実施しており緑内障点眼薬をしていたのでメリッサ使用時も眼圧に変化は無かった。
白檀:Santalum album 香りは柔らかく暖かく木材風。この精油はとりわけ強壮、気持ちの強化、調和そしてうつ状態からの脱却に効果がある。強壮と気持ちを強める作用がK氏にとっては重要なものだった。やる気を起こさず、何かしようとしても「手に余る.......」と言って投げ出してしまう状態だったのだ。
ヤロー:Achillea millefolilum 香りは香草系で暖かみがあり少し甘く大地を感じさせる。この精油は気分高揚や強壮の働きがあり、心身両面の傷を癒す。
シダーウッド:Cedrus atlantica 香りは暖かく森林浴風で多少甘みがある。この精油は強壮、鎮静、気分の明朗化、調和そして不安の解消に効き目がある。患者両名にとって強壮効果が重要となるがK氏には気分の明朗化にも良い旨が強調された。
高山松(Zirbelkiefer)香りは清浄、フレッシュで森林浴風。この精油には抗うつ性と精神的な強壮作用がある。

K氏の場合うつ状態対策が優先されたので追加としてベルガモット精油を使用した。
ベルガモット:Citrus bergamia 香りはフレッシュ、生き生きとして果実それもレモンを思わせる。この精油は刺激を与えて緊張を解き、不安解消や気分を明朗にし、抗うつ作用を持ち、精神面の均衡を回復させる作用がある。但しベルガモット精油には光毒性があり急速に日焼けを起させるので日光浴の前に使用してはならないが、K氏の場合当時戸外に出るのは希だったのでこの危険は無視し得るものだった。

テラピーの経過

K氏
テラピー開始当初は「こんな事して何になるんです........」という調子だった。打ちのめされてうつ状態にあり、何の楽しみも無く何をするにも億劫、社交性はひどく低下していた。私がK氏用にブレンド精油を毎日二度、それぞれ一時間ずつ芳香ランプを使って香らせたところ、時間終了後も何とK氏は更に芳香時間の延長を求めたのだ 。
開始後数日のうちにK氏は次第に活動的にそして話をよくする様になった。孫のことや付き合いののことを再び気にかける様になった。カウンセリングの在る時、妻について話が及んだが以前とは調子が異なり、どれ程結婚生活が素晴らしかったかとか、二人でしてきた事柄の全てについてとかを語りながらも、以前にそうだった様な苦悩や苦痛に満ちた印象を与える事は無かった。K氏は再び息子の家庭生活に参加する事が多くなった。最近皆揃ってボウリング競技に出かけたそうだ。以前ならどんな誘いにも応じなかったのに。疲労感についても多少改善された。

B夫人

祥月命日の3週間前にB夫人は私にどれほどこの日を恐れているかと語りだした。それを聞いた私は彼女に2種類の香りを示して選んで欲しいと頼んだところ、彼女は「別れの辛さ」オイルを選択した。香り油で湿らせたハンカチや、家にいるときは香りランプで香りをかぐものだ。命日が過ぎてからの私の問いに答えてBさんは、無事に過ぎたことにむしろ驚いていると答えた。

結論

この二つの事例が明瞭に示している通り、ブレンド香り油は緊急の喪失体験用としてのみならず、愛するものとの別れの後、長い時間が経過している場合でも役に立つ。又香りランプ単独使用の効果も目を見張るものだった。Kさんの治療に当たり私は強壮効果のある精油の太陽叢への塗布擦り込みを付け加えた。B夫人には伝統的なホメオパシー療法を奨めておいた。